木村昴が当時14歳で国民的声優になれたウラ話とは?幼少期はどんな子供だったのか?

木村昴が14歳ので声優になれたのは?

子役時代に、モノマネ芸人で「ミニミニ羽賀研二」として芸人をしており、ちなみに相方が「ミニミニケント・デリカット」だったそうです。

ちょっと、どんな感じのモノマネしてるのか、気になったので、調べてみたのですが見当たりませんでした。残念です。

子供時代から人気者になりたいという気持ちが強く、記念受験的な感覚で国民的アニメの「ドラえもん」のジャイアン役に応募したそうです。

初声優のオーディションでジャイアンって、若干14歳で肝っ玉座ってますね。この時の審査が第三次審査まであり、応募総数590人で1次審査はテープ審査をなんなく通過し、2次審査は8人でグループ審査、

前の人が審査されるたびにどんどん自分で作ってきた新しいジャイアン像(声)が崩れていったそうです。

ですが、初声優オーディションで右も左もわからない状態で、いざ、自分の番になった時には、持ち前の度胸で今、自分に出来ることは何かを判断してオリジナルのジャイアン像(声)演じて、勢い余って走り回って声優したそうですが、普通に注意を受けたそうです。

本人曰く、「落ちただろう」と思っていました。それは、そうですよね。マイクは、ピンマイクではなく、マイクスタンドなので、走り回ってたら声取れないですからね。

でもそれが、良かったんでしょうね。最終審査を通過して見事合格しました。その勢いが良かったんでしょうね。

その後だいぶ時間が経って、当時の監督に話を聞く機会があったので、木村さんが聞いたそうなんですが、「なんで、自分が選ばれたのか?」がずっと疑問だったので聞いたら、「一番ジャイアンぽかった」と言われたそうです。

ジャイアンらしさにじみ出て、そこにいる感じが監督には見えたんでしょうね。さすが、2代目ジャイアン。

木村昴の幼少期はどんな少年だったのか?

木村昴は、ドイツ生まれの父がドイツ人のハーフで、7歳の小学校の時に来ました。その頃は、当たり前ですが、日本語を喋ることは出来ませんでした。

小学生で異国の地で、何も喋れないのは、だいぶ不安だったでしょうね。

そこで、普通なら「インターナショナルスクール」に通うはずですが、公立の小学校に通うようになりました。

子供の将来を見据えて、あえて厳しい環境に送り出す決断力が後々素晴らしい結果になるとは、単純にご両親は素晴らしい教育方針ですよね!

小学校に通う中、持ち前の明るさで先生や同級生とも仲良くなりました。高校まで、TVなどは無かったらしく、友達が録画したアニメを見せてもらったり、児童館で読んだりしていたそうです。

テレビがない生活は、子供時代は退屈しでしょうね。

また木村少年は、両親が声楽家だったためか5歳からバイオリンを習っていて、そのことから両親はクラシックに厳しく苦手だったそうです。

決して楽ではない生活の中でバイオリンをやらせる、のは両親は木村少年に何か光るものを感じていたんではないでしょうか?

ですが、当の本人はバイオリンのレッスンが嫌いでそれは、音楽のことになると厳しい母が怖くて怖くてトラウマになったらしく、しまいには、バイオリンケースを開いた瞬間に気を失ったそです。

トラウマになるぐらいって、相当な厳しいレッスンでちょっとばかし「愛のムチが多め」だったんでしょうね。

木村昴が児童劇団員への入団したのは!!

厳しいレッスンから逃れるように、次に挑戦したのが、新聞で見た児童劇団員の募集チラシでした。母の許可も貰い、なんだか面白そうという好奇心からオーディションを受けたそうです。

自発的に挑戦したいという木村少年には、母は寛容だったんですね。日々わが子が育っていく姿は、楽しみだったではないでしょうか!

そこでは、レッスンがいっぱいあり、歌やダンス、芝居などを重ねるうちにミュージカルの楽しさを知り生き甲斐を感じるようになりました。

木村少年は当初、日本語を覚えるために入った場所が、彼の運命を大きく変えるキッカケになった2002年の舞台「アニー」でした。人生何がキッカケになるかわかりませんね。

木村昴が、「アニー」のタップダンス役に挑戦!!

実は、劇団の中では、5回ぐらい出演経験があった木村少年。ですが「もっと大きな舞台に立ちたい!」と思い受けたそうなんですが、受けてビックリ規模が違い過ぎて別世界だったそうです。

それもその筈、今までは、録音された音楽に合わせて踊って歌っていたのが、「アニー」ではなんと豪華な生オーケストラに合わせて芝居をやることに、感激しっぱなしだったそうです。

木村少年にとっても中々今まで生オーケストラなんて、見る機会や聞くことなんて無かったでしょうね。生オーケストラの迫力は痺れるでしょうね!

名作「アニー」は皆さんTVやCMで知っていると思いますがオーディションがめちゃくちゃ厳しいそうです。

その子役界屈指の超難関に木村少年は、「タップダンサー役」でオーディションを受けるのですが、タップシューズを持っていない木村少年はそのまま受けに行ったそうです。鬼メンタルですよね!

オーディションでは、タップダンスは「レッスンでちょっとかじった」だけの付け焼刃で挑戦し、20人くらいが大きなスタジオで審査があるのですが、タップの先生が踊りの見本をみたあと、直ぐに実践で音楽が流れ3人ずつ前に出て踊るのですが、上手く踊れず周りの子をまねて、やったが上手くできず。

そして、自分の番になったのですが、フリを覚えてきれていないので、劇団で教わったのことを思い出し、思いっきりの笑顔で踊ったらしいです。そして、1次審査を通りました。

ほぼ、ぶっつけ本番で1次審査を笑顔で突破なんて、凄すぎですよね!

一体どこからそんな自信湧くのでしょうか?チャレンジすることを楽しでいるのが伝わってきますね!

2次審査までは、時間が2週間はあったのですが、自分のできなささを感じて、すぐに母に頼みこみました。

急遽地元から少し離れたスクールで先生に「二週間でプロにしてくれ」とお願いし、先生も快く快諾しました。

まずは、靴からということで一緒にくつを買い、そこからはタップダンスを猛練習したおかげで、3次審査はなんなく合格しました。

2週間でタップダンサーになれるものなんですね。勿論、木村少年の努力もありましたが、母親も先生もサポート連携がが素晴らしすぎる。

木村少年の熱い思いが周囲の大人たちに伝わったんでからなんしょうね。

ちなみに木村少年が審査員の方になぜ、合格できたのかときいたら、「笑顔が良かった」と言っていたそうです。

この時から何かを惹きつける魅力の片鱗があったんでしょうね。

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